大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1887号 判決

控訴人 茨城県農業共済組合連合会

被控訴人 国

訴訟代理人 朝山崇 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  昭和三一年四月二七日控訴人の経理課長であつた大津茂が、控訴人名義をもつて、三菱銀行水戸支店から金一、九四六万円を、同月三〇日日本勧業銀行水戸支店から金一、五〇〇万円を、それぞれ借入れるまでの経緯について、当事者間に争いない事実、当裁判所の認定事実及び証拠判断は左に付加するほか、原判決のこの点に関する理由説示(原判決一三枚目裏五行目冒頭から同一六枚目表九行目末尾まで)と同一であるから、これを引用する。「〈証拠省略〉を総合すれば、昭和二九年末当時、控訴人は連合会会長加倉井正利に対し金二二八万二、〇〇〇円、訴外江黒義男に対し一二五万円の簿外貸付金を有するほか、連合会役員め四国地方旅行費等の簿外不足経費が約一五〇万円にのぼり、大津及びその下僚の薗部は多久島の手を経て交付される水増交付金の一部又はその交付を見越して控訴人の本会計から流用した金員をこれらに充当し、かつ、多久島の要請に従つて同人に無計画な送金を続けた結果、昭和二九年末には控訴人の本会計上傘下組合に配分すべき組合事務費に約一、〇〇〇万円の不足を生じたこと、大津及び薗部は事態の収拾に困惑し、昭和三〇年一月頃多久島に対し右の実情を訴えその善後措置につき配慮を求めたところ、同人において右不足金はとりあえず銀行よりの借入金によつて補填しおくべきことを指示し、後日控訴人に昭和三〇年度国庫負担金を送金する際正規の金額のほか右不足金を加算し以て大津の事務処理に支障なからしめる旨確言したので、その頃大津は日本勧業銀行水戸支店から金一、〇〇〇万円を借入れて不足金に充て、同年四月二一日頃交付を受けた昭和三〇年度四月及び五月分の国庫負担金名義で余分に送金された分で右銀行よりの金一、〇〇〇万円の借入金を返済したこと、また、かねて控訴人連合会北相馬支部職員の公金横領事犯が起つたため、控訴人の本会計上に立替金名下に一一三万円の支出を計上するの余儀なきに至り、しかも、その弁償を受けることが期待できないところがら、大津は職務上その処理に苦慮していたのであるが、これまた前同様多久島と相謀り、同人をして昭和三〇年度暫定予算六月分国庫負担金を二重送金させた金員を以て同年八月三日頃充当処理したこと、このように大津と多久島との間には密接な相互依存的関係があつたため、大津は昭和三一年四月多久島から三、五〇〇万円程度の融通を申込まれた際も、前年度における事例と同様に、控訴人に対する昭和三一年度分国庫負担金名下に、正規の金額を越える金員の送金を受けることにより、右融通金の返済を受け得るものと信じて、多久島の要求に応じたものであることを認めることができる。〈証拠省略〉中、右認定に反する記載ないし供述部分は、いずれも信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。」

二  大津茂の金員借入れと控訴人の損失の発生

大津が控訴人名義でなした前項冒頭記載の各金員借入れは、上司の決裁を受けることなく無権限でなされたものであるが、これを貸付けた各銀行係員において、大津が控訴人のため右金員を借受ける権限ありと信ずべき正当な理由があつたことについて、当事者間に争いない事実及び当裁判所の認定するところは、この点に関する原判決の説示(原判決一六枚目表一一行目「すなわち……」から、同一七枚目表七行目「……推認しうる。」まで)と同一であるから、これを引用する。

してみれば、控訴人は、民法一一〇条の表見代理の法理により、大津のなした右各金員借入れにつき責任を負い、各銀行に対し借受金をその弁済期に返還すべき債務を負担するに至つたところ、大津は控訴人主張の経緯により、三菱銀行水戸支店からの借受金より一、九三五万七、八三三円を吉井寿登に、日本勧業銀行水戸支店からの借受金より一、二八〇万六、四三四円を多久島に、それぞれ交付したのであるから、ここにおいて当時控訴人に右各交付金額相当の損失が発生したものといわねばならない。

三  本件(1) の金員(大津が吉井係長に手交した金一、九三五万七、八三三円)の返還請求に対する判断

(一)  叙上の事実によれば、大津が多久島の指示により同人の上司たる農林省農林経済局農業保険課団体事務費係長吉井寿登に対し小切手化された本件(1) の金員を手交し、吉井がこれを日本銀行の当該口座に振替入金せしめたことにより、被控訴人には右入金額相当の利得が生じたものといわねばならない。

(二)  ところで、控訴人は、本件(1) の金員は、控訴人がさきに国庫負担金の過払を受けていたとして、その返納の趣旨で被控訴人に交付されたものであるところ控訴人にはかかる過払を受けた事実は全くなかつたから、過払金返納の義務のないのは当然であり、従つて(1) の金員の授受は法律上の原因を欠くと主張するので検討すると、本件(1) の金員を受領した吉井係長が、これを日本銀行の被控訴人口座に入金するに際し、控訴人による昭和三〇年度の農業保険金返納という名目を用いたことは〈証拠省略〉によつて認めることができるが、そのことから、直ちに、本件(1) の金員の交付が過払金返納のためになされたものということはできない。すなわち、本件(1) の金員が、如何なる趣旨で被控訴人に対し交付されたものであるかについては、単にこれを受領した吉井係長の意思や被控訴人における領収時の名目等によつて判断されるべきではなく、これが交付に至つた事情、交付者たる大津の意思、交付時の状況等諸般の事情により決せられるべきところ、前記争いない事実及び認定事実によれば、右交付金額は、被控訴人の控訴人に対する昭和三〇年度の国庫負担金過払の事実の存否及び存在するとすればその金額が幾何であるかを、被控訴人又は控訴人において充分調査して決定したというものではなく、前記のように、多久島は、埼玉、兵庫両農共組連に対し交付すべき国庫負担金が不足したので、右不足金の合計額をやや上廻る三、五〇〇万円程度の融通を大津に申し込んだのであり、一方大津は、右の両県農共組連に対する交付金に不足を招来したのは、自分が薗部と共に共同加功した多久島の国庫金騙取によるもので、右共同犯行の発覚を未然に防止するには、右の融資が必要であり、しかも、前年度において控訴人の本会計上に生じた不足金を多久島の指示に従つて一時銀行からの借入れ金で補填し、後に多久島と共同して被控訴人から騙取した水増交付金で右借入金を返済したという前例があつたから、その融通金も前年度と同様の方法で返還を受け得るものと考え多久島の要請に応じたのである。このような経緯、状況のもとで多久島の指示に従つて吉井係長に対してなされた本件(1) の金員の交付は多久島がその犯行により国庫に生ぜしめた損害額のうち、差当り被控訴人が埼玉県農共組連に交付すべき分にほほ相当する金員を、多久島の指示に従つて被控訴人に送付して右損害を秘かに補填し、以て前記犯行の発覚を未然に防止するの目的に出たものである。すなわち、多久島は被控訴人に対し国庫金騙取に基づく損害賠償債務を負担していたところ、大津は控訴人の名義を冒用して三菱銀行から借受けた金員を以て、多久島の依頼により、同人に代つて被控訴人に対し右損害賠償債務の一部を弁済したものと解するのが相当である。してみれば、本件(1) の金員の交付は、控訴人の主張するような過払金返納の趣旨でなされたものではなく、これによつて生じた被控訴人の利得は法律上の原因を伴うものというべきであるから、控訴人の前記主張は採用できない。なお、控訴人は最高裁判所昭和四二年三月三一日判決を援用して、吉井係長は本件(1) の金員が多久島や大津のものでないことを知りながら受領したものであるから、被控訴人の右金員取得は法律上の原因を欠くとも主張するが、所論は、右判決を正解しないものというべく、しかも本件(1) の金員調達の経緯につき、吉井係長が善意であつたことは、〈証拠省略〉によつて認められ、これを左右するに足る証拠はないから、控訴人の右主張も採用できない。

よつて、被控訴人に付し、本件(1) の金員の交付による利得の返還を求める控訴人の請求部分は理由がない。

四  本件(2) の金員(大津が多久島に交付した金一、二八〇万六、四三四円)により生じた利得の返還請求に対する判断

前記のように、多久島は、昭和三一年五月一八日農林省官房会計課長の名義を冒用して兵庫県農共組連に宛て昭和三〇年度分の割当国庫負担金として金一、二八〇万六、四三四円を送金したが、それが国庫金交付の正規の手続を履践していなかつたため、同年七月一〇日被控訴人、多久島及び兵庫県農共組連の三者間でなされた合意に基づいて、同農共組連は一旦右金員を多久島に返還し、同年一〇月四日多久島は右返還を受けた金員を同人の国庫金詐取により被控訴人に生ぜしめた損害賠償の一部として支払つたことは当事者間に争いがないところ、控訴人は被控訴人が多久島の損害賠償として取得した右金員は、大津が多久島に交付した本件(2) の金員に由来するもので、且つ、右七月一〇日の合意当時、被控訴人係官は、兵庫県農共組連より多久島に返還される金員が大津らの賦金である本件(2) の金員に由来することを知悉していたから、右合意は公序良俗に反し無効であつて、結局被控訴人は法律上の原因なく右金員を取得したことになる旨主張する。

〈証拠省略〉並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、多久島は昭和三一年四月三〇日大津から小切手化された本件(2) の金員を受領したがこれを一時自己の事業資金として流用することを企図し、(1) 同年五月一日まず右金員を東京都民銀行池袋支店に開設していた自己の当座預金口座に振込預金し(右振込前の預金残高は五五、三四七円)、(2) 同月八日、当日の預金残から一、〇〇〇万円を払戻して、直ちに同銀行同支店に同額の定期預金をし、(3) 同月一〇日右定期預金を担保に同銀行から一、〇〇〇万円を借受け、これから前払利息を差引いた手取金九九九万一、五〇〇円を再び前記当座預金口座に預入れ、(4) 同月一一日同口座から九八〇万円を払戻して、そのうち金八三〇万円を同月一四日東京相互銀行銀座支店の当座預金口座に預入れ(右預入れ直前の同口座預金残高は七、八七四円)、(5) 同月一八日東京都民銀行池袋支店から、自己所有の湯島天神町所在の家屋一棟を担保に三〇〇万円を借受け、内金二九〇万円に、別途工面した現金二四〇万円を加えた合計五三〇万円を、同日東京相互銀行銀座支店の当座預金口座に預入れ、この結果同口座の預金残高が一、二九八万七、〇〇〇円となつたので、即日、これを資金として同銀行振出の金額一、二八〇方六、四三四円の小切手を得て、これを三菱銀行本店を通じて兵庫県農共組連に宛て送金したこと、このような預金操作の間において多久島は右各銀行の預金口座から頻繁に払戻しをして自己の事業資金に流用し、その額は五〇〇万円を超えたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上のような多久島個人の預金口座への預入れ、払戻し、多久島個人の事業資金への流用、兵庫県農共組連に送金するため別途工面した金員による補填の過程に徴するときは両銀行の当座預金口座の変動は本件(2) の金員を単に口座内部において帳簿上操作したに過ぎないものとは解せられず、多久島が兵庫県農共組連に送付した金員と本件(2) の金員との間には最早同一性を肯認することはできないから、その後前記の経緯により同年一〇月四日被控訴人が多久島の損害賠償金として受領した金一、二八〇万六、四三四円をもつて社会通念上本件(2) の金員に由来するものとは、到底みることができない。結局、大津が本件(2) の金員を多久島に交付したことにより、控訴人に右交付金額に相当する損失が生じたものということはできるが、右損失と被控訴人の同年一〇月四日の多久島からの金員受領による利得との間には、因果関係を認めることができないから、被控訴人は控訴人の財産によつて利得し、これによつて控訴人に損失を被らせたものでない。してみれば、控訴人の本件(2) の金員に関する利得返還請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

五  以上のとおり、控訴人の本訴請求はいずれも失当であるから、右と同旨の理由によりこれを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用を控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 川上泉 大石忠生)

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